2012/03/03(Sat)
3月1日より、ホームページからブログへ変更しました。
「鉄景庵 せきれい =あきた北部鉄道=」
http://akiranorthrailway.blog.fc2.com/
このようなネーミングで心機一転・・・というか、新たな出発をしました。
ホームページ及び当ブログは、5月末までとなり、その後はブログ一本となります。
これからも継続的な写真の掲載ができることを願いながら・・・
以上、移転のお知らせでした。
「鉄景庵 せきれい =あきた北部鉄道=」
http://akiranorthrailway.blog.fc2.com/
このようなネーミングで心機一転・・・というか、新たな出発をしました。
ホームページ及び当ブログは、5月末までとなり、その後はブログ一本となります。
これからも継続的な写真の掲載ができることを願いながら・・・
以上、移転のお知らせでした。
[ せきれい at 2012/03/03(Sat) 02:21│コメント(0) ]
2012/02/05(Sun)
更新できない日々が続くホームページですが
更新に要する時間が削られる中で写真のアップが思うようにできない。
それでも、多くの写真を載せてみたい気持ちもあり・・・長く悩んだ結果・・・
ブログへ一本化することにします。
その際、今までの写真は一旦リセットとなりますが
新たなサイトを運営しながら少しずつ掲載する写真を増やしたいと考えています。
サイトの移行は近日中を予定してますが、現在多忙の上正式な移行日は未定です。
但し、ホームページからの完全移行は3月末とし、4月からブログのみとします。
以上 せきれいでした。
更新に要する時間が削られる中で写真のアップが思うようにできない。
それでも、多くの写真を載せてみたい気持ちもあり・・・長く悩んだ結果・・・
ブログへ一本化することにします。
その際、今までの写真は一旦リセットとなりますが
新たなサイトを運営しながら少しずつ掲載する写真を増やしたいと考えています。
サイトの移行は近日中を予定してますが、現在多忙の上正式な移行日は未定です。
但し、ホームページからの完全移行は3月末とし、4月からブログのみとします。
以上 せきれいでした。
[ せきれい at 2012/02/05(Sun) 23:49│コメント(0) ]
2011/12/06(Tue)
しばらくぶりのブログ書き込みです。
さて、12月3日~5日朝にかけて、移動8割目的地観光2割宿泊0割という強行スケで向かった先は広島県竹原。
秋田には、みちのくの小京都「角館」がありますが、広島県竹原は「安芸の小京都」と呼ばれて、瀬戸内の塩で栄えた町である。
今回は、初めてが多く詰まった旅でもあった。
竹原市は今年5月に学習旅行で素通りだけでしたが、街を散策するのは初。
というより、移動する列車の初めてが多かった。
初日は、はやて号にも充当されたE5系に初乗車。
サンライズ瀬戸の上り、シングルツインに初乗車。
九州新幹線直通みずほ号初乗車。
呉線初乗車(全線走破)
サンダーバード初乗車。
日本海A寝台初乗車。
これだけ初めて乗車が多いのも、遠くへ行った時の特権ですね。
長い時間、竹原に滞在できなかったのが残念ですが、安芸の小京都を満喫するには、もう一度!
まぁ、旅行した週末は大荒れだったので、当初日本海で南下する予定でした。
出発前日まで予想天気図と週間天気を睨みながら決断したのは・・・東京へ先回り!
初めは北陸ルートが先で、東北ルートは帰りだったのを逆にした。
乗り替え手続きを取って、いざ出発!
運行情報は、日本海・あけぼの運休が報じられていたため、前日の決断は吉と出た。
それでも、天気は裏腹の連続だから旅しても落ち着かない。

やっと落ち着けたのは、新幹線で首都圏入りしてからだった。
強風も無く、雨も上がっていた。
予報も回復へ。
東京から気持ちを落ち着かせてサンライズ瀬戸の乗車。
B寝台の一人用個室がシングルツインしか空いてなかったので、少々高めになったが
いざ乗ってみると、狭い空間ながら上下段を使い分けることが出来るので、楽しい経験をした。
しかも、サンライズしかない個室なので、シングルやソロよりも高いながら楽しめる個室。
夜明けと共に岡山でみずほに乗り換え、広島を経由、呉線で竹原。
もう一箇所巡る場所があったので、滞在は3時間のみ。
東北とは違う西の趣がたっぷり感じられ、瀬戸内の情緒が感じられる街であった。
もう一箇所は大久野島。
5月に学習旅行で来た小島。
国民宿舎があるが民家はない。
ただ、野生うさぎがいっぱいある島で有名である。
また、戦時中の遺構があるのも大久野島の特色。
表裏が重なり合う島を巡り、再び呉線で広島を去る。
瀬戸内の夕日は綺麗だった。それを呉線の車窓で味わったのも大きな収穫!

その後は、新幹線とサンダーバードを乗り継ぎ金沢に到着。
何処の駅で越したかは知らないが、先発したはずの日本海が10分経って金沢に到着。
あとは、A寝台で小窓から僅かな夜景を見ながら・・・寝落ち。
明朝6時30分頃。鷹ノ巣までもうじきだったはずが、まだ森岳。
秋田駅を出てから天気は急変。暴風が4001列車を襲う。
小窓から外の天気具合を何度も見返す。

徐行と停車を繰り返し、出発の地だった大館に帰って来たのは、所定時刻より約90分遅れ。
今年5月の帰りにも新潟県内の強風で足止めを食らった時よりはマシだったが、今の時期は遅れが付き物。
旅行の日程でも、最後の日本海は絶対遅延!と思っていたので、全然想定内だった。
時系列っぽくズラズラと書きましたが、移動がどれだけだったかが伺えると思います。
時には、じっくりとした旅をしてみたい・・・たぶん無理でしょう(^^);
旅行行程(結果)
1日目~2日目朝
大館~弘前:特急つがる3号(自)
弘前~新青森:普通
新青森~大宮:はやて36号(指)
大宮~上野:快速ラビット
上野~東京:京浜東北線
東京~岡山:サンライズ瀬戸(B1)
2日目~3日目朝
岡山~広島:みずほ601号(指)
広島~竹原:普通
竹原~忠海:普通
忠海~大久野島:船(往復)
忠海~三原:普通
三原~福山:こだま748号(自)
福山~京都:のぞみ132号(自)
京都~金沢:特急サンダーバード39号(自)
金沢~大館:寝台特急日本海(A)
でした(終)
さて、12月3日~5日朝にかけて、移動8割目的地観光2割宿泊0割という強行スケで向かった先は広島県竹原。
秋田には、みちのくの小京都「角館」がありますが、広島県竹原は「安芸の小京都」と呼ばれて、瀬戸内の塩で栄えた町である。
今回は、初めてが多く詰まった旅でもあった。
竹原市は今年5月に学習旅行で素通りだけでしたが、街を散策するのは初。
というより、移動する列車の初めてが多かった。
初日は、はやて号にも充当されたE5系に初乗車。
サンライズ瀬戸の上り、シングルツインに初乗車。
九州新幹線直通みずほ号初乗車。
呉線初乗車(全線走破)
サンダーバード初乗車。
日本海A寝台初乗車。
これだけ初めて乗車が多いのも、遠くへ行った時の特権ですね。
長い時間、竹原に滞在できなかったのが残念ですが、安芸の小京都を満喫するには、もう一度!
まぁ、旅行した週末は大荒れだったので、当初日本海で南下する予定でした。
出発前日まで予想天気図と週間天気を睨みながら決断したのは・・・東京へ先回り!
初めは北陸ルートが先で、東北ルートは帰りだったのを逆にした。
乗り替え手続きを取って、いざ出発!
運行情報は、日本海・あけぼの運休が報じられていたため、前日の決断は吉と出た。
それでも、天気は裏腹の連続だから旅しても落ち着かない。
やっと落ち着けたのは、新幹線で首都圏入りしてからだった。
強風も無く、雨も上がっていた。
予報も回復へ。
東京から気持ちを落ち着かせてサンライズ瀬戸の乗車。
B寝台の一人用個室がシングルツインしか空いてなかったので、少々高めになったが
いざ乗ってみると、狭い空間ながら上下段を使い分けることが出来るので、楽しい経験をした。
しかも、サンライズしかない個室なので、シングルやソロよりも高いながら楽しめる個室。
夜明けと共に岡山でみずほに乗り換え、広島を経由、呉線で竹原。
もう一箇所巡る場所があったので、滞在は3時間のみ。
東北とは違う西の趣がたっぷり感じられ、瀬戸内の情緒が感じられる街であった。
もう一箇所は大久野島。
5月に学習旅行で来た小島。
国民宿舎があるが民家はない。
ただ、野生うさぎがいっぱいある島で有名である。
また、戦時中の遺構があるのも大久野島の特色。
表裏が重なり合う島を巡り、再び呉線で広島を去る。
瀬戸内の夕日は綺麗だった。それを呉線の車窓で味わったのも大きな収穫!
その後は、新幹線とサンダーバードを乗り継ぎ金沢に到着。
何処の駅で越したかは知らないが、先発したはずの日本海が10分経って金沢に到着。
あとは、A寝台で小窓から僅かな夜景を見ながら・・・寝落ち。
明朝6時30分頃。鷹ノ巣までもうじきだったはずが、まだ森岳。
秋田駅を出てから天気は急変。暴風が4001列車を襲う。
小窓から外の天気具合を何度も見返す。
徐行と停車を繰り返し、出発の地だった大館に帰って来たのは、所定時刻より約90分遅れ。
今年5月の帰りにも新潟県内の強風で足止めを食らった時よりはマシだったが、今の時期は遅れが付き物。
旅行の日程でも、最後の日本海は絶対遅延!と思っていたので、全然想定内だった。
時系列っぽくズラズラと書きましたが、移動がどれだけだったかが伺えると思います。
時には、じっくりとした旅をしてみたい・・・たぶん無理でしょう(^^);
旅行行程(結果)
1日目~2日目朝
大館~弘前:特急つがる3号(自)
弘前~新青森:普通
新青森~大宮:はやて36号(指)
大宮~上野:快速ラビット
上野~東京:京浜東北線
東京~岡山:サンライズ瀬戸(B1)
2日目~3日目朝
岡山~広島:みずほ601号(指)
広島~竹原:普通
竹原~忠海:普通
忠海~大久野島:船(往復)
忠海~三原:普通
三原~福山:こだま748号(自)
福山~京都:のぞみ132号(自)
京都~金沢:特急サンダーバード39号(自)
金沢~大館:寝台特急日本海(A)
でした(終)
[ せきれい at 2011/12/06(Tue) 22:49│コメント(0) ]
2011/09/11(Sun)
3月11日に発生した東日本大震災から今日で半年が経過。
被災された地域は、未だに瓦礫のままな地域もあるようですが、今日訪れた宮古市~八戸市はほぼ家屋の土台が残ったり、半壊の家屋の修理や仮設住宅への移動が終わっているように感じています。
ただし、半年が過ぎた今日でも、あの津波が押し寄せ破壊された街並の記憶は地元の人々に大きな心の傷を負っています。
田老地区で出会った漁師の方と話すことができましたが、大堤防から港を見たのは震災以来始めて見たという。
あの光景を思い出すたびに気分が悪くなるということでしたが、再び大堤防の頂から見る光景に、漁師の表情は重いままだった。けど、半年振りに見るという勇気は、何かしらの区切りをつけるためにカメラを持って港の様子を撮影していた。
自分も、去年秋にこの地を歩き巡った光景を思い出す。見る影もなくなった嘗ての港や街の様子の記憶は田老の人々や田老を訪れた人たちの心の中に刻まれていることで、復興への勇気を支えていることでしょう。
田老地区を含む三陸鉄道沿線の復興は、地域の復興にも重要な位置にある。
鉄道の有無で地域の息吹が違うからこそ、三陸鉄道の全線復興は沿線住民の希望でもある。
自分も現地を訪れ記録しながら微力ながらも復興への手助けを行っています。
来月小坂町で行われる鉄道まつり内でも三陸鉄道の支援コーナーを設ける予定にしています。
再び車窓から広がる三陸の光景を目にしたい・・・
[ せきれい at 2011/09/11(Sun) 23:32│コメント(0) ]
2011/08/08(Mon)
今年全線開業80周年を迎える花輪線。
そんな真夏の8月は花輪線の鹿角地域は祭りやイベントで熱い!
花輪ねぷた
花輪ばやし
毛馬内盆踊り
花輪の盆
十八駅伝
などさまざまですが、今年は・・・
花輪線写真展
が現在行われています。

旧関善酒店の木造建築内で花輪線写真展が開催中。
主宰者はこちら→ttp://blogs.yahoo.co.jp/otenesansan
また、花輪線のイメージキャラクターが決まったという情報も流れ
80周年アニバーサリーの雰囲気が色濃くなってきたように感じます。
記念イベントはどのような形になるかは未定?のようですが
長く撮影を続けている花輪線が走り続け沿線住民の足を堅く守ってもらえたら
そう思っております。
写真 花輪線(柴平~十和田南) 撮影日 2011.08/07
そんな真夏の8月は花輪線の鹿角地域は祭りやイベントで熱い!
花輪ねぷた
花輪ばやし
毛馬内盆踊り
花輪の盆
十八駅伝
などさまざまですが、今年は・・・
花輪線写真展
が現在行われています。
旧関善酒店の木造建築内で花輪線写真展が開催中。
主宰者はこちら→ttp://blogs.yahoo.co.jp/otenesansan
また、花輪線のイメージキャラクターが決まったという情報も流れ
80周年アニバーサリーの雰囲気が色濃くなってきたように感じます。
記念イベントはどのような形になるかは未定?のようですが
長く撮影を続けている花輪線が走り続け沿線住民の足を堅く守ってもらえたら
そう思っております。
写真 花輪線(柴平~十和田南) 撮影日 2011.08/07
[ せきれい at 2011/08/08(Mon) 23:22│コメント(0) ]
2011/07/25(Mon)
北の地に本格的な夏が・・・そう、夏休み!
地元では20日~23日より約1ヶ月程の夏休みですが
24日の弘前駅では、早速家族連れで
上野行き夜行に乗車するシーンがありました。

自分は・・・まだ特に夏休みをどう過すか考えてますが
学校と違って4日の休暇でどこか鉄道を含む交通機関で
旅をしたい・・・と言いつつ、青春18きっぷを購入済みである!
9月10日までに、5日分の乗車券をどう使っていくか、考えておきましょう(^^);
地元では20日~23日より約1ヶ月程の夏休みですが
24日の弘前駅では、早速家族連れで
上野行き夜行に乗車するシーンがありました。

自分は・・・まだ特に夏休みをどう過すか考えてますが
学校と違って4日の休暇でどこか鉄道を含む交通機関で
旅をしたい・・・と言いつつ、青春18きっぷを購入済みである!
9月10日までに、5日分の乗車券をどう使っていくか、考えておきましょう(^^);
[ せきれい at 2011/07/25(Mon) 23:40│コメント(0) ]
2011/06/06(Mon)
4月から始まった青森ディスティネーションキャンペーンの一環で、6月11日・12日の両日に蒸気機関車牽引による「津軽路号」が運行される。
本運転に向けた試運転が6月4日から弘前・青森間で始まるのにあわせてSL列車の撮影にお出かけ。

奥羽本線 大釈迦-鶴ヶ坂(2011.6.4)
約13年ぶり・・・ですか。
あの頃は、SL撮影に慣れていない(今でもですが・・・)ため、露出やファインダーの撮り方が不慣れで出来のよい写真はほぼ無かった。
幾年月が経ち、写真はデジタル化になり、撮影の調整が容易にはなったが・・・
機関車から排出される黒煙の出方によってファインダーの決め方に少々難儀。

奥羽本線 津軽新城-新青森(2011.6.4)
それでも、今回の撮影では失敗があるにせよ、成功度が高くなったのがとても嬉しい!
デジタルのおかげと言えば・・・それもそうですが、心の中では13年前のリベンジをそう思って撮影した気持ちが勝ったかな?
秋オテ会のメンバーも繰り出し、皆さん楽しそうに撮影している姿を見ているとこっちも「撮りに来てよかった!」
そう正直に思えて仕方が無かった。
今度撮影するのは何時になるか・・・
11日の本運転は確実だが、その時は駅構内での撮影を主にするためもう1日は沿線撮影してみたい。

奥羽本線 鶴ヶ坂-津軽新城(2011.6.5)

奥羽本線 北常盤-浪岡(2011.6.5)
この蒸気機関車も、小学時代に初見してから北東北の各路線で撮影してきた。
SL全盛期の経験は無いが、馴染みあるSLの一両である。
本運転に向けた試運転が6月4日から弘前・青森間で始まるのにあわせてSL列車の撮影にお出かけ。
奥羽本線 大釈迦-鶴ヶ坂(2011.6.4)
約13年ぶり・・・ですか。
あの頃は、SL撮影に慣れていない(今でもですが・・・)ため、露出やファインダーの撮り方が不慣れで出来のよい写真はほぼ無かった。
幾年月が経ち、写真はデジタル化になり、撮影の調整が容易にはなったが・・・
機関車から排出される黒煙の出方によってファインダーの決め方に少々難儀。
奥羽本線 津軽新城-新青森(2011.6.4)
それでも、今回の撮影では失敗があるにせよ、成功度が高くなったのがとても嬉しい!
デジタルのおかげと言えば・・・それもそうですが、心の中では13年前のリベンジをそう思って撮影した気持ちが勝ったかな?
秋オテ会のメンバーも繰り出し、皆さん楽しそうに撮影している姿を見ているとこっちも「撮りに来てよかった!」
そう正直に思えて仕方が無かった。
今度撮影するのは何時になるか・・・
11日の本運転は確実だが、その時は駅構内での撮影を主にするためもう1日は沿線撮影してみたい。
奥羽本線 鶴ヶ坂-津軽新城(2011.6.5)
奥羽本線 北常盤-浪岡(2011.6.5)
この蒸気機関車も、小学時代に初見してから北東北の各路線で撮影してきた。
SL全盛期の経験は無いが、馴染みあるSLの一両である。
[ せきれい at 2011/06/06(Mon) 22:14│コメント(0) ]
2011/05/24(Tue)
約半年ほど停滞したブログ記事
新幹線が新青森まで開業して・・・それからいろいろな事が起きて・・・
そろそろブログにも記事を載せないと・・・さぁ、切り替えていこう!
連休後2週間が経ちましたが、まだ寒暖の差が大きく冬物が離せない日々。
それでも、季節は巡り行く。
桜の花が散り、山々の残雪に変わり木々が芽吹いて新緑が萌ゆる。
山里では田植え作業が真っ盛り。
そんな5月下旬、久々に花輪線と秋田内陸線を巡り写真撮影に行って来た。
前日の雨上がりでスッキリしない天候でしたが、行く先々で寒くも季節の巡りを実感した一日でもあった。

秋田内陸線 上桧木内駅付近(2011.5/22撮影)
新幹線が新青森まで開業して・・・それからいろいろな事が起きて・・・
そろそろブログにも記事を載せないと・・・さぁ、切り替えていこう!
連休後2週間が経ちましたが、まだ寒暖の差が大きく冬物が離せない日々。
それでも、季節は巡り行く。
桜の花が散り、山々の残雪に変わり木々が芽吹いて新緑が萌ゆる。
山里では田植え作業が真っ盛り。
そんな5月下旬、久々に花輪線と秋田内陸線を巡り写真撮影に行って来た。
前日の雨上がりでスッキリしない天候でしたが、行く先々で寒くも季節の巡りを実感した一日でもあった。
秋田内陸線 上桧木内駅付近(2011.5/22撮影)
[ せきれい at 2011/05/24(Tue) 00:00│コメント(0) ]
2010/12/05(Sun)
12月3日と12月4日は、北東北の交通事情が大きく変る2日間。
東北新幹線が29年目にして新青森まで繋がり全線開業を果たした。
そして、平行在来線としてJR東北本線の八戸・青森間は「青い森鉄道」として全線開業となった。
それらの模様を、主要駅や出来事にてふり返る。
その1~八戸駅
12月3日まで、新幹線乗換え駅の機能を果たしていた八戸。
新幹線・東北本線・八戸線・青い森鉄道&IGRいわて銀河鉄道の車両が同居する駅。
3日に訪れた八戸駅在来線ホームの駅名標記が青い森鉄道仕様に。
但し、開業前とあってロゴマークは紙で隠されていた。



JRではない駅票とJR特急電車との光景も3日が最後。


そして、普通電車のJRマークも3日で変る。
青森と仙台・東京等を行き来していた乗客の流れは12月4日を境に新幹線へと変わる。
12月4日の八戸駅の朝
特急電車の乗り入れが無くなり、駅での乗降客が4日で様変わり。
その象徴が乗換え改札口の閉鎖であった。

新幹線ホームへの改札口は一箇所のみとなった。

そして、3日までJRとして運行していた普通電車が「青い森鉄道」に変化していた。

野辺地から出発した青い森鉄道の普通電車が入線したホームでは
出発式の式典準備が急ピッチで進められていた。

再び青い森鉄道の車両を見ると、開業を知らせるヘッドマークステッカーが貼られている。

そして、車両側面には昨日までJRロゴがあった場所に青い森鉄道のロゴマーク。
側面下部にはオリジナルキャラクター「モーリー」君のステッカーが貼られていた。
そして、車両番号も701系1000番台から青い森701へと車籍も移っていた。

当初、4日の八戸駅に立ち寄る旅日程では無かった。
しかし、3日の晩に起きた「いなほ号」事件により、八戸駅でも模様比較は実現した。
その「いなほ号」について、次回報告としよう。
東北新幹線が29年目にして新青森まで繋がり全線開業を果たした。
そして、平行在来線としてJR東北本線の八戸・青森間は「青い森鉄道」として全線開業となった。
それらの模様を、主要駅や出来事にてふり返る。
その1~八戸駅
12月3日まで、新幹線乗換え駅の機能を果たしていた八戸。
新幹線・東北本線・八戸線・青い森鉄道&IGRいわて銀河鉄道の車両が同居する駅。
3日に訪れた八戸駅在来線ホームの駅名標記が青い森鉄道仕様に。
但し、開業前とあってロゴマークは紙で隠されていた。
JRではない駅票とJR特急電車との光景も3日が最後。
そして、普通電車のJRマークも3日で変る。
青森と仙台・東京等を行き来していた乗客の流れは12月4日を境に新幹線へと変わる。
12月4日の八戸駅の朝
特急電車の乗り入れが無くなり、駅での乗降客が4日で様変わり。
その象徴が乗換え改札口の閉鎖であった。
新幹線ホームへの改札口は一箇所のみとなった。
そして、3日までJRとして運行していた普通電車が「青い森鉄道」に変化していた。
野辺地から出発した青い森鉄道の普通電車が入線したホームでは
出発式の式典準備が急ピッチで進められていた。
再び青い森鉄道の車両を見ると、開業を知らせるヘッドマークステッカーが貼られている。
そして、車両側面には昨日までJRロゴがあった場所に青い森鉄道のロゴマーク。
側面下部にはオリジナルキャラクター「モーリー」君のステッカーが貼られていた。
そして、車両番号も701系1000番台から青い森701へと車籍も移っていた。
当初、4日の八戸駅に立ち寄る旅日程では無かった。
しかし、3日の晩に起きた「いなほ号」事件により、八戸駅でも模様比較は実現した。
その「いなほ号」について、次回報告としよう。
[ せきれい at 2010/12/05(Sun) 22:56│コメント(0) ]
2010/11/25(Thu)
青森駅のコンコースにある時刻表
乗り換え客の案内として表示してあるこの表も
青い森鉄道や新幹線接続の案内に変るでしょうね
青森駅(2010.11.23)
[ せきれい at 2010/11/25(Thu) 23:40│コメント(0) ]
